本から明日をつくる

本と旅が趣味の大学院生です。色んなジャンルの本の感想とともに、旅の記録を書いています!

【書評】今や忘れられし古くからその地に根付いた伝説や信仰~柳田邦男『遠野物語』

  今回紹介するのは、柳田国男遠野物語』(岩波文庫)です。

 

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この本は日本を代表する戦前(戦後も生き続けられました)の民族学柳田国男が今の岩手県にある「遠野」という地域に伝わる慣習・伝説などの話をまとめたものであります。

今の日本ではなかなか聞くことのなくなったかつての日本人たちに根付いていた信仰・考えをうかがい知ることができる一冊です。

 

※カテゴリーの分類で迷いましたが、岩波文庫では日本思想に分類することにします。

 

 

要約

  • 今の岩手県の遠野という地域に何百年とこえて伝わった民衆の習慣・俗信・伝説に関する100以上の話から構成されている
  • 河童や座敷童のような今でも知られているような妖怪から、山に住む人さらいのような狂人、村で行われる伝統的な風習まで事細かに記録されている

 

伝えられていた話に根付く深い人間的なもの

遠野物語を読むと、一つひとつの話が面白く興味深いものばかりで実際に遠野という地域を訪れたくなってしまいます。

実際遠野を訪れると遠野物語にゆかりのある場所や記念館などたくさんの見どころがあるそうです。

 

こうした話を読んでいると、今の日本人の心から失われてしまった価値観だとか信仰というものを垣間見ることができます。

昔の日本は仏教などの宗教ももちろんありましたが、里で暮らす民衆は宗教というよりも、自然への崇拝・信仰というものが主流だったのではないかと思われます。

 

でなければ、こんなに神さまをかたちどる人形をつくってお祈りするなどという話は遠野物語にはでてこないはずです。

遠野物語はその地域一部にスポットをあてた民俗学的記録であると同時に、かつての日本全体に共通するような生き方そのものを描き出しているようにも思えるのです。

 

その証拠に、遠野物語ではこんな話聞いたことない、というものよりはなんか似た話を聞いたことがある気がする、と思わさられるような、日本人としてのDNAをくすぐられるような話がたくさんあります。

 

宗教や信仰というものは、その国・地域ごとの独自の地理的・気候的・人口的・他民族との関わりなど要因によっても生まれていきます。

日本の場合、島国で他民族との抗争もあまりなく、豊な山々などの自然から得られる恵みによって生きてきました。

そうした恵みから何変わらぬ毎日を繰り返すことができることが一番素晴らしいことであり、そうできるために自然に対して願い、信仰し、そして感謝をしてきた民族である、と思います。

今の資本主義社会のような、成長しつづけることが価値の社会とは全く別物の社会ですね。

 

そうした深い人間的なもの、日本人的なものを遠野物語から読み取ることができたような気がします。

 

最後に、遠野物語の中でも特にたくさんの話の舞台としてでてきた、山について少し言及したいと思います。

 

 

日本人にとっての山

印象に残る話がたくさんあったのですが、そういった伝説とかの背景にある昔の人たちの信仰・考えが表れていた話がありました。

 

それは、ある山に入った人が一組の男女を見かけちょっかいを出したところ、その後その人は死んでしまった、という摩訶不思議な話。

その話の最後になぜそうなってしまったか、ということで次のように語られます。

山の神たちの遊べるところを邪魔したる故、その祟りを受けて死したるなりといえり。

 要は、山で出会った男女は神々が化けた姿であったのであり、神さまたちの気分を逆なでしてしまったために死んでしまった、ということでした。

 

まさにこの話がかつての日本の人々の信仰がよくあらわれた話だと思います。

どういうことかというと、かつての日本人にとって山とは食べ物などの恵みを与えてくれる場所であると同時に、普段の生活場所(=村・集落)とは明らかに一線を画した人智を越えた場所・恐れるべき場所であったということなのではないか、ということです。

 

日本は今でこそ開発が進み都市などが開けていますが、かつては国土の多くが山・森に覆われていたわけです。

人々は食糧などの恵みを求めて山に入ったわけですが、山というのは猛獣や崖などの危険がたくさんある場所でもあります。

まして昔は道などもたいして整備されていないわけですから、山に入ったはいいものの何らかの事故に合い帰れなくなった、ということは多々あったのではないかと思われます。

 

そんなとき、山を恐れるべき場所、人智を越えた場所、すなわち神々や妖(あやかし)が宿る場所とみなすことで、山という場所を当時の人たちなりに理解していったのではないだろうか、と感じました。

今のような科学的な視点というのは当時はなく、伝統や慣習から物事を考えていたわけですから、自分たちの考えが及ばないものというのは人が及ぼない存在=神の存在に結びつくのは当然の帰結かもしれません。

 

こうした伝説などの話は何らかの例えである場合が多いと言われています。

遠野物語に山の中での伝説の話がたくさんあるのはそういった理由が多いのかな、と思いました。

 

遠野物語は日本人としての心がくすぐられるような感覚を覚える、そんな一冊でした。